こんにちは ジーンズリペア&クラフト hands-onです。
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学生編は第1章 1:42からスタートになります。
旧ブログ(gooブログ)が閉鎖するという事になりまして、、、涙
ハンズオンの原点だった、このブログは残したい!
というわけで、新ブログにてリライトしたいと思います。

※移転前の工房(和室の一角)でミシン作業している時です。
この時、37歳位かな?
それでは、本編です!
↓
1975年 長崎県佐世保市生まれ
1988年 私が最初にジーンズを穿いたのは中学1年生の時です。
周りの友達がおしゃれに気を使い出していた頃で、
僕も何かカッコイイ洋服が欲しくて、親から1万円貰いました。
実家は裕福な家庭では無かったのですが、
母親から「細かいのが無いから、お釣り返しなさいよ」という意味でした。
そして、一人で佐世保の四ヶ町商店街 にあるジーンズショップ(三信衣料)に行きました。
当時はケミカルウォッシュのジーンズが流行っていました。
2900円位の物がたくさん売っていました。
そこで店員さんに勧められるがままに一本のジーンズを試着しました。
なんかピッタリで色も濃くて、流行のケミカルウォッシュより
落ち着いていて 大人な感じ がしました。
裾合わせが終わり試着が終わると、精算をする為にレジへ行きます。
店員さん「7900円になります」
私「えっ、高いー、辞めます!」って言ったら
店員さん「もう裾切っちゃったよ、キャンセル出来ないよ!」でした。
その当時ジーンズって3000円位の感覚だった私は
(ジャスコとかダイエーで売っているのしか知らなかったから)
値段を見ないで決めてしまいました。
「まずい、えらい高い物を買ってしまった。」母ちゃんに怒られるという思いでした。
そして私が買ったファーストジーンズは リーバイス606 のスリムジーンズでした。
その時の私は リーバイスがブランドジーンズ かどうかも知らなかった!
周囲の友達も持っているブランドジーンズは ボブソンかビックジョン だったので
自慢気に休みの日は 必ずリーバイス を穿いていました。
1991年 高校生になる頃には周囲の友達も
エドウィンやリーやリーバイスのジーンズを穿き始めていました。
僕は周りとは違うカッコイイジーンズ欲しいな!と思っていました。
その頃から古着やビンテージという物が流行りだします。
京都に旅行に行った時、とある古着屋さんで
15000円のリーバイス501(新品同様)が売ってました。
「なんで高いんですか?」の質問に
店員さんが「これは古いモデルなんだよ 後ろポケットのカンヌキが黒 だろ」
って説明を受けました。
「このマニアックなビミョーな違い、オールドモデル、かっこいい!」
と思った私は購入しました。
旅行から帰ってきて、ジーンズに詳しい友達に見せたら
「これは古くないよ、普通の501にも混ざってるよ」
「15000円は高いよ」
という 衝撃の事実 を突きつけられました。
それからです、悔しくてジーンズの年代別のディテールの違いを調べ出したのは、、、
それから、バイトして貯めたお金で
「今度こそみんなと差別化できるビンテージを買おう」と思い
福岡市の天神へ出かけました。
当時はビンテージブームで福岡市の 大名、天神地区には数十店の古着屋が密集してました。
雑誌なんかで調べておいた情報をたよりに 手書きの古着屋マップ を作成していました。
そして、古着屋巡りをして見つけたのが
リーバイス501、66モデルのデッドストック(未使用品)ジャストサイズ、2万円!
ジーンズに2万円!当時の高校生には高いのですが、頑張って買いました。
地元、佐世保市にもジーンズにこだわりのあるナチュラル・ハイ
というセレクトショップがあり、良く通ってました。
店主のSさんに僕の 66モデル を鑑定してもらおうと思い、たずねました。
そしたら「これは 66の前期モデル だよ」と教えてもらい
前期がこうなっていて、後期がこうなっている と教えていただき、
「2万円はかなりお買い得だね! 5万円でも安いくらいだよ」と言われ
ますます嬉しくなってました。
そして、、、
店主が奥から出してきたのが、リーバイス502 デッドストック!
「これは売約済みなんだけど、珍しいから見せてあげる」と言われ
説明を受けながら、じっくり見ていました。
私「値段が5万2千円ってさすがに高いですね」って言ったら、
店主「よく値段見てよ、52万円だよ!」
私「えーっジーンズ1本、52万円 しかも売約済み!」
僕はもうカルチャーショックでした、、、汗
その店主は本当にジーンズに詳しくて、
色落ちをかっこ良くしたければ洗剤なしで洗った方が良いとか
洗った後は表面の毛羽取りでチャッカマンで焼いた方が良いとか、
ジーンズの事を色々学びました。
そして究極は「ジーンズを学生服の下に穿いて
学校生活すると カッコ良く色落ち する」でした。
その為に、わざとサイズ大きめの学生ズボン を穿いていました。(もう変態ですね)
それは当時、僕だけではなくてそのショップに通う友達もやっていました。
休み時間に制服を脱いで 色落ち自慢したり、、、ホントバカでした。
店主Sさんの教えは絶対的な説得力がありました。
(倉敷市児島でも佐世保市のナチュラルハイはデニム好きの間では有名でした)
「ジーンズは体の節々のアタリがでるのが一番カッコイイ」という美学がありました。
店主の勧めで当時はまだ無名だった
(店主の友人が立ち上げた)DENIMEという
こだわりのデニムブランドのGジャンを購入します。
「DENIMEと書いてドゥニームと読むんだ! デニムの語源はフランス語なんだよ」
などの 豆知識を教えて頂きました。
今度はこれを 毎日着たまま寝る という作戦をしました。
シーツにデニム色が移って、親に叱られたりしていましたが、、、(笑)
色落ちの良いGジャンのするのが楽しくて、やめられませんでした。
そんな事をしながら、いつかお金を貯めて
ジーンズの最高峰、、、オリジナルのリーバイス501XXが欲しい!
という想いは強かったです。
1995年 1年間の辛い浪人生活を経て(高校時代は勉強しなくて、、、汗)
花の大学生になった私は
古着屋がたくさんある 福岡県福岡市の大学に進学しました。
高校でテニス部だった私は、テニスサークルへ入ります。
そこで知り合った友達にジーンズの良さを語り
次々に友達をジーンズ好きにさせていきます。
そして、友達と一緒にDENIME(ドゥニーム)のジーンズを買っては、
テニスウェアの下にジーンズを穿いて
色落ちを競ったりしていました。
ビンテージ古着熱も上がっていき、数ヶ月に一度
バイトで貯めたお金で 長崎県、熊本県、遠い所は広島県まで
古着屋巡りツアーを楽しんでいました。
そして、長年の目標だった リーバイス501XX を買うべく
当時、西日本で最大の古着ファッション街
大阪のアメリカ村へ行く事にしました。
2泊3日くらいかけて501XXを探しまくり、
とうとうジャストサイズの501XXに出会いました。
値段は5万円!
ボロボロで状態は良くなかったけど
修理して穿けば良いかと思い、購入しました!
福岡に戻って、
穿けるようにジーンズに詳しいショップへリペアに出しましたが、
ショップの方がビンテージの501XXを見ると
「これは高いビンテージなので修理できません」って断られました、、、涙
そこで、おばちゃんが経営している
街のリフォーム屋さんへ持って行きました。
お直しの説明をして、修理に出すこと1週間
仕上がったジーンズを見てショックを受けました。
XXの象徴である、隠しリベットが無い!
ビックEの赤タブが無い!
おばちゃんは「ポケット付け直すのに邪魔だったから、あの金具は外したよ」
赤タブは「そんなの有ったっけ?」でした。
糸の色使いも 何だか違う感じでした、、、涙
「お直しに1万円以上出してこの結果かよ!」って感じで
この時にビンテージジーンズ 専門の直し屋 があればと思ったものです。
気を取り直して、この501XXを毎日、自慢気に穿いていたのですが
なんか次々に違う所から穴が空いてきて
すぐにボロボロになってしまいました。
この時に、破れた穴だけを修理しても
穿いていると その周りから破れてくる のを体験しました。
1998年 大学4年生の時に就職活動を行うのですが、
就職先はジーンズ関係と決めていました。
一番行きたかったのはリーバイスジャパン。
今までビンテージジーンズを愛してきて、根っからのリーバイスファン。
「ここしかないでしょ」と思っていました。
そして、新卒採用試験の問い合わせのTELをすると、
「弊社は新卒の採用を行っておりません」
「弊社は欠員が出た場合のみ募集をかけます」と事務的な対応。
「ガーン!」いきなり夢破れる!
こうなりゃ、「ジーンズメーカーならどこでも」
と思って国内のナショナルブランドを受ける
エドウィン ボブソン ビッグジョン
みごとに落ちました。
リーバイス=オリジナルジーンズという概念が出来上がっていて、
他社のジーンズについて熱く語る事ができませんでした。
頭を切り替えて、「リーバイスのジーンズ扱うならメーカーでなくても良いや」と思い
将来ショップを経営したいから、小売業が一番良いかなって事で
(株式上場前)ジーンズ&カジュアル ライトオン を受けました。
1次選考通過!
2次選考通過!
最終選考は京都まで行きました。
「全国勤務ですがどこへでも行けますか?」この事を何回も聞かれました。
「好きな事を仕事にするんで、どこへ行っても大丈夫です。」と答えていました。
そんな感じで、みごと就職内定!
就職内定が決まったのは大学4年生の7月頃でしたが
卒業出来るかまだ分かりませんでした。
遊んでばかりの大学生活で不足単位のシワ寄せが4年生にやってきます。
商学部で一応ゼミにも入ってました。
(みんな1年くらいかけて卒業論文というのを書きます。)
僕はギリギリまで何も準備していなかった!
(たくさん残された他の科目の勉強で余裕が無かったというのが本音。)
題材を考えていたけれど、思い浮かばない。
「ジーンズだったら商学部だから有りなんじゃない?」
と思って10月頃に教授にかけあいました。
そしたらOKでした。(一人だけ卒論の準備していない僕に同情してくれたに違いない)
テーマは「ジーンズの歴史とその発展」です。
自分の得意分野だから、すらすら書けました。
雑誌とかも今までのスクラップ引っ張り出したり
詳しく書いてある本を買ったりして調べました。
1ヶ月位、自宅に閉じこもりワープロと向かい合う日々、、、
中間確認する時間も無く、一気に書き上げる!
そして、論文の結果はなんと「優」でした。
情熱が通じたのでしょうか?
T教授ありがとうございました!
卒業できたのはT教授のおかげです。
次回、社会人編へ続く
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